
海軍の水路部が行なう業務は第二次大戦後は海上保安庁水路部に受け継がれ2002年(平成14)には海上保安庁海洋情報部と改称されています。水路測量は水路業務法で定められ「水路測量」とは「水域の測量及びこれに伴う土地の測量並びにその成果を航海に利用させるための地磁気の測量」となっています。
測量標識は「水路測量標」といわれ水路業務法と同施行規則にもとづき全国の港や離島などに標石と金属標を合わせ約500点が設置されています。水路測量標の種類は恒久標識と仮設標識の二種類で恒久標識の形状は同施行規則第一条で定められており現在は直径5〜10センチメートルの金属標ですがかつては陶器標がつかわれました。また仮設標識は標旗で上から白、紅、白の横長になっています。
航海用海図の水深値は船舶の安全のために海面がこれより下がらない(まれに例外あり)「最低水面」(かつては基本水準面、略最低低潮面ともいわれていました)からの深さで表示されます。永年の潮汐観測の値を平均した平均水面はどの地点でもほぼ同じ高さですが各地点の干満の差により最低水面は各地点で高さが異なります。最低水面は地上に設置された基本水準標(HBM)と関連づけられます。基本水準標も国土地理院の水準点と連係されています。地点ごとに基本水準標と最低水面などとの高さの関係を表した「平均水面、最高水面及び最低水面一覧表」が公示され、かつては水路部の書誌(第741号)として発行されましたが2002年(平成14)以降は海洋情報部のホームページで発表されています。[海上保安庁:平均水面、最高水面及び最低水面の高さに関する告示 平成十四年四月一日号外 海上保安庁告示第百三号 海上保安庁 2002]
海図上の山や構築物の高さは平均水面を基準としますが可航水域の上空にある橋梁などの高さの基準は最高水面からの高さで、それらは水路業務法施行令で定められています。海図にHBMがある付近海域はその海図記載のHBMの最低水面値を使用します。また、一枚の海図に複数のHBMがある場合は海域毎に平均水面、最高水面及び最低水面の高さを確認することができます。HBMを使用する際は付近の海面と水路測量を行う近傍の海面とで同時験潮を行い、おなじ海面変動を行うことを確認します。同時験潮では2地点に副標(量水標)を立てて5分とか10分毎に同時に海面の高さを観測し両地点の海面の昇降が同時であることを確認し海面の高さを測定します。上げ潮、下げ潮のときは海面の移動で誤差が生じやすいので潮が停滞する満潮、干潮どきに行います。
水路測量標は主として基本水準標で国土地理院の水準点と同様に垂直の位置情報をもっていますが、まれに三角点に相当する水平の位置情報をもった「測点」が設置されることがあります。必要とする位置の近傍に国土地理院の三角点がない場合は海上保安庁独自で設置されます。
海図は水深、海岸線、底質、魚礁、魚網、沈船などの情報を調査・収集して測量原図がつくられ、さらに海流や潮流の情報、航海の目標となる海岸地形、構造物も配し国際的に定められた記号や表現方法で海図が作成されます。
大阪南港の測点標識
地図:大阪西南部
大阪市住之江区南港一丁目の、かもめ大橋東詰に大阪市環境局の南港工場があります。ニュートラム南港東から徒歩15分で到達できます。この裏手は防潮堤で地上高70センチメートル程度のコンクリートの護岸がありますが、その南西角の上面内側寄りに水路部の測点標識が見られます。これは陶磁器製で破損していますが一部残っています。わずかに赤い十字の一部が判別できる程度でしたが直径8センチメートル、厚さ3センチメートル程度の標識の痕跡ははっきり認められました。
陶器標は正常ならば上面に藍色で「海上保安庁水路部」、赤い十字、藍色で「測点」と文字が焼き付けられています。この標識は1970年(昭和45)に第五管区海上保安本部により設置されたものですが現在は廃点になっているようです。
高砂港の測点標識
地図:高砂
高砂市の山陽電鉄高砂から市街を南下すると徒歩20分程度で高砂港手前のカネカ工場の東端に到達できます。その位置から高砂西防波堤が250メートルほど南に延びており南端には灯台があります。灯台の南のケーソン(コンクリートの立方体)の中心に陶器標の測点があります。
陶器標は上面に藍色で「海上保安庁水路部」、赤い十字と本来ならば「測点」と文字が焼き付けられています。「測点」の文字は消えています。堤防は自由に往来できるので陶器標も風波と釣り人に踏みつけられ表面が磨耗したようです。この標識は1969年(昭和44)に海上保安庁東播磨港二見測量班により設置されたものですが現在は廃点になっているようです。
横浜の測点標識
地図:横浜東部
JR桜木町の北西方向にある紅葉坂の県立青少年センターの前に1974年(昭和49)に建立された「金星太陽面経過観測記念碑」があります。その碑の裏で右側台座に金属標が埋め込まれています。直径8センチメートル程度で「測点標識 海上保安庁水路部」と+が彫られています。
1874年(明治7)金星の太陽面通過現象がおこり長崎、神戸、横浜などで欧米各国の観測隊により観測されました。この横浜紅葉坂にある碑はメキシコ隊の観測を記念して建てられています。当時、海軍水路寮の吉田海軍中尉も観測に参加しており、このことを記念して海上保安庁水路部の測点標識が埋め込まれまれ1976年(昭和51)には測量のうえ経緯度が算出されています。
敦賀港水路測量標
地図:敦賀
この測量標識は福井県敦賀港のコンテナヤードになっている川崎松栄A岸壁の最東端にある潮位観測所の北方にあります。このあたりは保税倉庫など立入禁止区域も多くわかりにくいところです。潮位観測所は国土交通省北陸地方整備局敦賀港湾工事事務所の所管になっていますが測量標識は海上保安庁第八管区海上保安本部が2005年(平成17)に設置公表したものです。[第八管区海上保安本部:八管区水路通報第1号 平成17年1月7日 2005]
直径8センチメートルの金属標で「この標は海図の基準です 大切にしましょう」、「水路測量標 + HBM 海上保安庁」の刻字があります。「HBM」は最低水面の高さを示す「基本水準標」のことです。敦賀湾の最低水面(基本水準面)はこのHBMの下1.80メートルとなっています。
この基本水準標の約2メートル東寄りに別の金属標があります。直径10センチメートルで「運輸省 + NO.20」の刻字がありますが使用目的はわかりません。
岡山県宇野稲荷山 水路部測点
地図:宇野
岡山県玉野市にある宇野港を見下ろせる稲荷山にあります。JR宇野から南西へ宇野三丁目の迷路のような住宅地を西に回りこみ駐車場の東の路地から少し上ると稲荷神社の赤い鳥居が見えます。コンクリートの石段を登りきると稲荷神社本殿があり、その奥が頂上になります。JR宇野から徒歩40分程度で到達できます。山頂には水路部測点と四等三角点「池浦」5135−57−7501の両方があり、この位置から北に宇野港がまた南には造船所を望むことができます。
水路部測点は一辺15、地上高さ24センチメートルで刻字は南面には「海上保安庁 水路部」と縦2行書き、西面は「測点」、「点」の文字下の四つ点はかわりに「大」になっています。北面は「昭和三十四年」、東面は刻字がありません。また上面には+印があり一画9、幅1センチメートルの大きく深い彫りになっています。
刻字のとおり、この水路部測点は1959(昭和34)に設置されていますが当時は国土地理院の三角点がなかったためです。南東へ2メートル離れた国土地理院の四等三角点は1960年(昭和35)に設置されています。
海洋測地網
南西諸島、南方諸島などの離島の位置は明治以降、天測により求められていましたが1973年(昭和48)頃から、海上保安庁水路部では米海軍航行衛星NNSS(Navy Navigation Satellite System)による測地観測で求めました。NNSSは人工衛星から発信される電波のドプラー効果を利用して位置を測定するシステムです。その後、領海や排他的経済水域EEZ(Exclusive Economic Zone)確定のため本土と離島の位置を正確に決定することを目的として1980年(昭和55)から海洋測地網の整備を行い日本列島の精密位置を海図に反映しました。
海洋測地基準点観測(一次基準点観測)は和歌山県那智勝浦町にある海上保安庁下里水路観測所に設置された固定式レーザー測距装置と主要な離島などの一次基準点に設置された可搬式レーザー測距装置とで測地人工衛星「ラジオス」や「あじさい」などの同時観測を行い本土基準点に直接関連づけられた一次基準点の位置を精密に求めました。また離島の経緯度観測は主な離島と最寄りの一次基準点の双方にGPSを設置して相対位置を精度よく求めました。一次基準点におけるレーザー測距観測は海洋測地網の確立という所期の目的は達成されたので現在は観測を終了しています。しかし海洋測地網の維持確認のため日常、本土基準点の位置測定を測地衛星のレーザー測距観測により行い、一次以下の基準点についてはGPSを用いて不定期に測量を行うことがあります。
海上保安庁下里水路観測所
下里水路観測所は和歌山県南端の那智勝浦町、JR紀勢本線下里の東2キロメートルの高台にあります。かつては星食(月など天体が恒星や惑星を覆い隠す現象でこれによって月の運動や地球の自転の遅速がわかります)などの天文観測も行われていましたが、現在は測地衛星の観測が主になっています。
「あじさい」などの測地衛星を利用したレーザー測距観測は太陽光反射の写真撮影によって方向測定を行い地上から衛星へ発射したレーザ光パルスの往復時間を求めることにより距離測定を行います。地上2点間の測地は衛星の距離と方向を2点から同時に光学観測することによって行います。人工衛星とレーザーを利用した測距をSLR(Satellite Laser Ranging)といいます。
観測所屋上の入出力装置は観測時には覆いをスライドし上空に向けます。4台の望遠鏡から構成され左から肉眼観測用のガイド望遠鏡、レーザー光を送出する口径17センチメートルの送信望遠鏡、大きな鏡胴は衛星で反射した光を受信して増幅する光電子増倍管を装填した口径60センチメートルの受信望遠鏡でその上にCCD受像カメラの望遠鏡が載っています。このレーザ光は皮膚にあたる程度では害はありませんが眼に直接入ると重症になり、とくに下里上空は航空路にあたることからレーザー照射中は航空機のパイロットや乗客に支障がないよう立哨により監視されています。照射範囲に航空機が入るおそれがあれば直ちに発信を停止します。また発射前には数キロメートル離れた地上の送電鉄塔上の反射板に照射して測距の校正を行います。レーザー光は波長が短いので夜間は緑色に見えます。緑色光線の写真は2009年3月14日18時47分に撮影したものです。
屋内の制御室にあるレーザー光源はYAGの結晶で波長は532ナノメートルあり、パルス間隔は1秒間に5回、パルス幅は100ピコ秒(ピコ=10のマイナス12乗)です。1500キロメートルの上空ではレーザービームは数百メートルの範囲に広がります。
下里水路観測所にはかつて可搬式レーザー測距装置が設置されました。その基礎が残存されています。基礎上には数点マーカーがあり直径8センチメートルの「測点標識 海上保安庁 水路部」と刻字のある金属標や直径5センチメートルの「人工衛星観測点」と刻字のある金属標が見られました。
測地衛星「あじさい」は1986年(平成8)に打ち上げられました。EGP(Experimental Geodetic Payload)ともEGS(Experimental Geodetic Satellite)とも呼ばれています。高度は約1500キロメートル、軌道は地球の重力の分布が単純でないので完全な円にはなりませんが円軌道に近くなるように設計されています。軌道周期は約2時間です。衛星本体は直径2メートル程度の球状の多面体で重量は約700キログラムあります。本体の表面は太陽光反射用のアルミニウム蒸着鏡面318個と石英ガラスでつくられたコーナー・キューブ・リフレクターといわれるレーザ反射体12個で覆われており通信アンテナも太陽電池も搭載されていません。海上保安庁水路部と国土地理院が活用しています。
本土基準点
地図:下里
水路部が構築した海洋測地網の基準点は日本周辺に設置され海洋測地基準点といいます。海洋測地網の原点となる「本土基準点」は1953年(昭和28)に開設された和歌山県那智勝浦町の下里水路観測所にあります。観測所本館裏のGPS受信装置下に見られます。一辺30、地上高さ53センチメートルの巨大な花崗岩で上面には+が刻印され南面は「海上保安庁 水路部」、東面は「昭和五十五年十月」と刻字があります。
本土基準点は1982 年(昭和57)以来、米国の測地衛星「ラジオス」、また近年は日本の測地衛星「あじさい」、「スターレット」、「ビーコン」などの定常観測を行うことによって正確な世界測地系にもとづく位置が求められています。下里における永年の観測から本土基準点の位置が北北西に毎年約3センチメートル移動していることが判明しています。
海洋測地網の根幹となる「一次基準点」は本土と離島に設置され本土基準点と結合されています。また「二次基準点」は主に離島に設置され一次基準点と結合することによってその位置が求められてきました。一次基準点はすべて標石が設置されていますが二次基準点は標石以外に金属標や国土地理院の三角点が利用されています。一次基準点は南鳥島、沖縄、対馬、隠岐諸島、十勝、硫黄島、稚内、八丈島、男鹿、銚子、美星、石垣島、南大東島、枕崎、父島の15ヶ所、二次基準点は離島など約70ヶ所に設置されています。[海上保安庁水路部:本土海洋測地基準点座標値の決定「水路部観測報告 衛星測地編」 No.13 2002.1(海上保安庁HP)][海上保安庁水路部:海洋測地成果2000に基づく海洋測地基準点座標値「水路部観測報告 衛星測地編」 No.14 2002.3(海上保安庁HP)][海上保安庁海洋情報部:世界測地系による海洋測地基準点座標値「海洋情報部観測報告 衛星測地編」 No.15 2003.3(海上保安庁HP)]
銚子 天王台の一次基準点
地図:銚子
千葉県銚子の犬吠崎近傍に地球展望台(愛宕山)がありますが、そのすぐ西にある「ふれあい広場」の南西端の芝生の中、フェンス寄りに見られます。フェンスの外は緩やかな丘陵地でキャベツ畑になっています。
標石は一辺20、地上高さ26センチメートルで北面は「海上保安庁 水路部」、西面には「平成八年一月」、上面は一画7.5センチメートルの「+」が彫られています。1981年(平成8)に設置された「海洋測地一次基準点」です。下里の本土基準点から測地人工衛星を介して位置が求められています。
宮古島 平安名埼灯台の二次基準点
地図:東平安名岬
平安名埼(へんなざき)灯台は宮古島の東端、東平安名岬の突端にある灯台です。すばらしいエメラルドグリーンの海が広がっています。この灯台は1967年(昭和42)に設置、初点灯されました。当初は東平安名埼灯台と呼ばれ琉球政府が管理していましたが、1972年(昭和47)の本土復帰にともない海上保安庁に引き継がれ名称も平安名埼灯台に改名されました。現在は24メートルの灯台の上まで登ることができます。灯台からは北に東シナ海、南に太平洋と絶景を眺望できます。
標石は 灯台建屋の東北角から5メートルのところにあります。一辺20、地上高さ40センチメートルで南面は「海上保安庁水路部」、東面には「昭和五十六年六月」、上面は「+」が彫られています。この標石は基本水準標(HBM)でも境界標石でもないように思われ海上保安庁海洋情報部にお尋ねしたところ1981年(昭和56)に設置した「海洋測地二次基準点」とのことでした。石垣島の一次基準点から位置が求められています。設置当初は米国海軍航行衛星システムNNSSにより位置が測定されていたようです。
建屋の東南約20メートルには別の標石があり一辺12、地上高さ20センチメートル、北面に「国土交通省」と彫られており灯台の境界標石と思われます。
測量船
海上保安庁の水路測量では専用の船艇がつかわれます。2009年(平成21)時点では13艘あり本庁の海洋情報部には「昭洋」3000トン、「拓洋」2400トン、「明洋」550トンほか5艘あり、そのほかは管区海上保安本部に所属しています。日本周辺海域から西太平洋まで広大な海で活躍しています。
「明洋」は海底地形、地質構造、海流・潮流などの調査を目的とした中型の測量船です。総トン数550トン、全長60メートル、幅10.5メートル、航海速度15ノットあり1990年(平成2)に竣工しました。主な観測機器はGPS測位装置、ナローマルチビーム測深機、浅海音響測深機、地層探査装置、海上重力計、海上磁力計、採泥器などです。
船底には重力センサーやマルチビーム測深機(ソナー)のセンサー部などが取り付けられ船内で制御や自動データ処理が行えます。海底の土砂採集や磁気センサーなどはギャロース(Aアームともいいます)という門型構造物を船尾に張り出してウインチにつながったワイヤーに取り付け海中に沈めます。
水深測量機器
地図:東京南部
東京築地にある海上保安庁海洋情報資料館の展示品ですがかなりの年代物です。かつては投鉛(レッド)に目盛り付きのロープを付けて計測しました。投鉛は空洞になっているので鬢付け油を詰めて水深を測ると同時に海底の物質を付着させ引き揚げました。昭和の時代からは測量船から音波を発射しその反射する時間で船の直下の水深を測りました。
近年はマルチビーム測深機で一度に水深の3倍以上の幅を広範囲にわたって測深することができるようになりました。また航空レーザー測深といい高度約400メートルの航空機からレーザー光を発射することにより海面上を5メートル間隔で毎秒1000回の計測ができます。測量船が近づくことが難しい場所の測量も可能です。澄んだ海域では水深50メートルまで測量できます。
六分儀とクロノメーター
地図:東京南部
これも東京築地にある海上保安庁海洋情報資料館の展示品です。写真下は六分儀です。航行中の船舶で天体の高度角を測定し船舶の緯度経度を決定するのに用います。目標物のない外洋での航海には六分儀による天体航法に習熟することが必要条件となっています。写真上はクロノメーターと呼ばれる正確な時計で時刻と天体の位置によって経度を測定します。